先日豊橋の講演会を聞いて、「これはロータスでもやらなきゃ!」と思い、すぐに座談会を企画しました。
受付をして、名札を作り、輪っかになって自己紹介‥といつもの流れでやろうとしたところで
開口一番つねきさんから一言。
「名前や経歴なんて必要ない。良いこと喋ろうとか、何か言わなきゃとかも必要ない。ただ言いたいことを喋りたい人が話そう」
はい、固定観念が早速壊されました。笑
僕はきっと「来てもらった人に何かを持って帰ってもらおう」とか「良い会だったと思ってもらいたい」みたいなところがあって。それを開始5分でつねきさんに破壊してもらいました。
そこからというものの、みんなが一気にお客さんモードではなく主体的に会に参加してくれました。
前回の講演会ではお金の話が中心でしたが、今回は様々なご質問が出て、多種多様な話題で盛り上がりました。
・誰かになろうとせず、周りの目なんか気にせず、自分の感じるままにやりたいように生きること。
・社会や教育を語る前に、まずは大人達1人1人が自分に嘘無く生きること。いかに子ども達に嘘の無い生き方、あり方を見せることが出来るか。
・結婚制度や選挙制度など、枠組みがあるから人は不自由になる。どうやって枠組みの外側の世界を創るかということ。
・一番最小のコミュニティはパートナーシップ。自分自身が自立したうえで、相手を変えようとしない関係が作れるかが鍵。等など
ブログでは書ききれないほどの深いエピソードが満載でした。
終わってみて改めて思う。
言葉や文章では伝わらない“目に見えない世界”が大切なんだと。
それは波動とか、気とかって言葉で表現されるものだけど。それは確かにある。
こういうの書くとすぐ理解できない人らが
「変な宗教入った?笑」とか聞いてくるけどそんなんじゃない。
つねきさんも言ってた
「最後は“気合”だ」
と。
僕ら大人はあまりにも脳で理解しようとし過ぎて、迷走しているように思える。
何が正しくて、何が間違ってるのかとかで人をジャッジしようとしたり。
「そうは言っても‥」とか「それが出来たら苦労しないよ」とか便利な言葉で理不尽な常識を受け入れ、保身に走ったり。
搾取され、コントロールされることに皆慣れ過ぎてしまったのかもしれない。
いい加減、立ち上がりませんか?
社会や学校や政治家のせいにして、被害者ぶるのやめにしません?
周りのこととやかく言う前に、自分は自分の心に嘘なく生きてるのかと。自分を見つめて、本気で生きてないなら、そろそろ気合出せよって。
つねきさんから、そう教わりました。
いや、マジで格好いいよ。
生き方と言葉に嘘ないもん。
本当の政治家だよ。
僕は政治家じゃないし、嘘つきまくって今まで生きてきたけど、これからは違う。
自分の心のど真ん中を、堂々と生きるよ。
嫌われるよね、弾かれるよね。
でもそれでいい。
子ども達にとって、そんな大人がいるということ。変な奴だけど楽しそうに生きてる。存在してるだけでいい。その後ろ姿を見せるのが僕の役割だと思う。
さぁ、みんなも楽しんでいきましょう👍
今回集まって下さった皆様、マリエさんにつねさん。本当にありがとうございました!!