「日本の教育を変える」今井真央のブログ

「日本の教育を変える」今井真央のブログ

新城市地域おこし協力隊 大地の学校ロータス 森のようちえんサマーブルー 森のようちえん おかざきプレーパークなどの活動日記。2児のパパ。大手製薬企業を脱サラし、日本を変えるために日々突っ走っているヤバい父親のお話

何度立ち止まってもいい。引きこもりだった僕が山登りで学んだ、人生で本当に大切なこと

僕はこの時期、しょっちゅう山に行きます。

 

山登りって、やったことがない人からすると正直意味不明なスポーツかもしれません。

 

人との勝負もなければ

タイムを競うわけでもない。

 

 

ただ何時間も歩き

山頂でご飯を食べ

降りてくるだけ。

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冷静に考えたらシンプルすぎるこの行為に、なぜこれほど魅了されるのか。

 

実は僕自身、大学生の時にこの「ただ歩く」というスポーツに人生を変えられてしまった一人です。

 

当時の僕は、大学のアメフト部でいじめに遭い、半年間引きこもっていました。体はブヨブヨに太り、食べる、ゲームする、寝るを繰り返す日々。暇すぎて限界を迎えていた頃、母の知人のおじさんに連れられて長野県の白馬山へ登ることになったんです。

 

 

登山装備もなく、練習着のような場違いな格好とカジュアルブーツ。案の定、激しい靴擦れを起こしました。「何も楽しくない」「早く帰りたい」と心の中で500回は叫びながらただひたすらに登る。

 

 

もはやスポーツではなく、“苦行”でした。

 

 

けれど、汗だくで苦しみ抜いて山頂に立った瞬間、その気持ちは一瞬で吹き飛びました。

 

 

「すげぇ……」

 

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目の前に広がる圧倒的な大自然を前に、自分がいかに小さなことで悩んでいたかに気づかされたんです。

 

世界はこんなにも広い。

 

そして自然は僕の情けない姿も丸ごと包み込んでくれました。

 

 

“なんでこんな大変なことを…”と苦しい思いをしていても、一歩一歩進んでいれば、いつか報われる日が来る。

 

 

休んだっていい。

人に抜かされたっていい。

 

何度足を止めたって、また歩き出せばいい。

 

 

人生にとって本当に大切なのは「休まず歩き続けること」ではなく、「何度立ち止まっても、また歩き始めること」なのだと、

 

僕は山登りを通して学びました。

 

 

 

引きこもりから社会復帰できたのも、間違いなくこの経験があったからです。

 

自然の力は本当に偉大です。

 

 

 

…でも、最近になって知った。もっと偉大なことがあったんです。

あの日、僕を山に連れ出すようおじさんに裏で頭を下げて頼んでいたのは、僕の母親でした。

息子の引きこもりに心を痛めながらも、そっと背中を押してくれた母の想い。自分が言っても聞かないからと、おじさんに連絡してたのでしょうね。

 

その時の気持ちを考えると

 

 

……母親って、本当に偉大ですね。

「挨拶が決め手だった」当たり前を大切にする、くるみ荘の挑戦。変わり続ける鳳寿会の“変わらない想い” 【おしごとジャーニー】

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「おはようございます」

「ありがとうございます」

 

私たちが子どもの頃から何度も教わってきた日常の“当たり前”。しかし、大人になり社会に出てから、この〝当たり前〟を当たり前にやり続けることが、いかに難しいかを痛感することはありませんか?

 

私自身、愛知県新城市で「地域の人事部」として人と企業の橋渡し役を担い、様々な現場を訪問させて頂いてます。その中で、日々の業務に追われて挨拶やお礼の言葉が交わされない職場に出会うことも少なくありません。

 

しかし、新城市玖老勢(くろぜ)にある社会福祉法人鳳寿会が運営する「特別養護老人ホーム くるみ荘」の扉を開けたとき、その空気の違いにハッとさせられました。誰とすれ違っても、明るい笑顔で「おはようございます!」と温かい声が飛んでくるのです。

 

 

今回は、採用難と言われる福祉業界において「3年連続で新卒が入社」し、国境を越えたスタッフが生き生きと活躍する「くるみ荘」の組織づくりの裏側に迫ります。介護業界の方のみならず、あらゆる組織で働く人へ、その魅力をお届けします。

 

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「すれ違うたびに挨拶される」複数社から選んだ入社の決め手

 

「すれ違うたびに『おはようございます!』と挨拶されたことがきっかけで、入社を決めたんです」

 

少し照れくさそうに話してくれたのは、現場職員の岡本裕貴さんです。岡本さんが以前働いていた介護施設では、スタッフ全員が日々の忙しさに忙殺され、当たり前の挨拶すら交わす余裕がない環境だったと言います。

 

 

心身ともにすり減っていく中で訪れた「くるみ荘」の面接日。緊張しながら廊下を歩く岡本さんに、すれ違うスタッフたちが次々と笑顔で挨拶をしてくれました。「ここは、他の施設とは全然違うぞ」と、岡本さんの心に小さな驚きと感動が走った瞬間でした。

 

 

当時、岡本さんには鳳寿会以外にも複数社から声がかかっており、条件面で迷う余地もあったはずです。それでも最終的な入社の決め手となったのは、本部長である鈴木孝知さんのお人柄でした。

 

「うちにおいでよ」

 

その飾らない、温かく包み込むような一言が、岡本さんの背中をそっと押しました。待遇の良さだけでなく、人と人との繋がりを重んじる風土こそが、岡本さんが心から求めていた職場だったのです。

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「こう見えて、人見知りなんです」現場の抵抗感を乗り越えた組織改革への挑戦

 

「うちにおいでよ」と優しく声をかけた鈴木本部長。実は、以前は大手自動車メーカーの営業として第一線で働いていたという異色の経歴の持ち主です。その後、介護施設の人事・総務を担う管理者として10年以上走り続けてきました。

 

いつも人懐っこい笑顔を浮かべ、ユーモアを交えて場の空気を和ませている鈴木さんですが、インタビュー中にふとこぼした本音がありました。

 

「こう見えて僕、本当は人見知りなんですよ」

 

鈴木さんは、人の感情に深く共感しすぎてしまうため、言葉を慎重に選んでしまうほど繊細な内面の持ち主でした。しかし、管理職として施設を運営していくためには、時に厳しい決断を下さなければなりません。様々な立場の職員の意見を聞きながら、大きく舵を切ることは容易なことではありませんでした。特に立ちはだかったのが、業界全体を覆う深刻な「人手不足」の波です。

 

「このままでは現場がもたない。何か新しいことを取り入れなければ……」

 

 

そこで鈴木さんが目をつけたのが、「外国人の技能実習生」の受け入れでした。当時はまだ近隣のどの介護施設も手を出していない未知の分野。鈴木さんは真っ先にその取り組みに名乗りを挙げました。

 

しかし、現場からは不安の声が上がり抵抗感がみられました。

 

「言葉もちゃんと通じるかわからないのに……」

「文化の違う国の方と一緒に仕事をするのは、正直不安しかありません」

 

岡本さんも当時の現場の率直な本音を語ってくれました。未知の変化に対する恐怖は、どの組織にも必ず起こるものです。それでも鳳寿会は、この挑戦から逃げませんでした。

 

 

三河弁を使いこなす外国人スタッフ!?国境を越えた信頼関係の作り方

外国人スタッフを迎え入れた現場では、地道な歩み寄りが始まりました。少しでも彼らが日本の現場に馴染めるようにと、現場のスタッフたちは空き時間を見つけては語学の勉強をし、文化の違いを学びました。

 

「実は、利用者さんたちの方がすんなりと受け入れてくれたんですよ」 そう笑顔で教えてくれたのは、施設長の林克利さんです。

 

ご高齢の利用者さんたちが、なぜすんなりと海外から来たスタッフを受け入れることができたのか。それは、既存のスタッフと利用者さんとの間に「確固たる信頼関係」が十分に構築されていたからです。「いつも優しくしてくれるこのスタッフが受け入れようとしている人なら、きっと良い人に違いない」。そんな目に見えない信頼のバトンが、外国人スタッフへと自然に手渡されたのです。

 

今では、「うちの自慢は、濃い三河弁を使いこなす外国人がいることなんです(笑)」とスタッフが胸を張るほど。ひらがな、カタカナ、漢字、さらに慣用句と、ただでさえ難しい日本語。そのうえ、新城市周辺は独特の三河弁が飛び交うエリアです。

 

実際の現場を見渡すと、現地スタッフと区別がつかないほど流暢な三河弁で、利用者さんと楽しげに談笑する外国人スタッフの姿がありました。鈴木さんや現場職員たちが諦めずにコミュニケーションを取り続けた努力が、国籍や人種の壁を軽々と越え、施設全体に温かい空気を作り出したのです。

 

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「一番わかりやすい思いやりは“ありがとう”」理念『忠恕』が自然と息づく職場

 

鳳寿会が掲げる法人の基本理念は、「忠恕(ちゅうじょ)」。これは「まごころとおもいやり」を意味する言葉です。しかし、言葉の意味を知っていることと、それを実際の行動に移せるかどうかは全くの別問題です。

 

「一番わかりやすい思いやりって、“ありがとう”だと思うんです。利用者さんはもちろんですが、職員同士でも必ず言うようにしています」

 

そう語る事務スタッフの居沢裕司さんも、この理念を大切にしながら働く一人です。

 

居沢さんは前職で製造業に就いていました。そこは、日々の業務の中で感謝の言葉を交わすこともなく、ただ淡々と作業をこなすような職場だったと言います。だからこそ、くるみ荘に飛び交う「ありがとう」の多さに驚き、その価値を誰よりも深く実感しているのです。 「ありがとう。おはようございます。そんな日々の“当たり前”のコミュニケーションの中にこそ、真心と思いやりがあるんだと思います」と居沢さんは微笑みます。

 

 

特筆すべきは、この「ありがとう」の文化が上司から口酸っぱく指導されたり、研修で無理やり詰め込まれたものではないということです。周りの先輩職員たちが自然にできているからこそ、後輩にも理念が“鳳寿会の文化”として引き継がれてきたのです。

 

 

時代が変わっても変わらない想い。3年連続で新卒が入社する理由

新城市の山間部にある「くるみ荘」。都市部のように交通アクセスが抜群に良いとは、お世辞にも言えない立地です。しかし、この施設には「3年連続で新卒が入社している」という実績があります。

 

次々と入ってくる新入社員に向けて、現場の職員さんたちが背中を通して伝えたい想い。

 

それは、どれだけ時代が変化しても、「当たり前のことを当たり前にやる」ことの尊さです。

 

挨拶をし、感謝を伝え、相手の文化を尊重する。その小さな積み重ねが「真心と思いやり」という理念を育み、揺るぎない組織の強さを作っていくのです。

 

福祉の現場を担うプロフェッショナルだからこそ、決して変わらずに受け継いでいく魂があります。 今日もくるみ荘の廊下では、国籍も年齢も越えた明るい「おはようございます!」の声が響いています。

 

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【企業情報・実績データ】社会福祉法人 鳳寿会

 

法人名: 社会福祉法人 鳳寿会(ほうじゅかい)
設立: 1981年12月9日
所在地: 愛知県新城市玖老勢字クルミ沢1番地の2
従業員数: 124名(※企業情報データに基づく)


【施設の専門性】 鳳寿会は2000年に定員80名の「特別養護老人ホーム くるみ荘」を開設し、新城市の高齢者福祉の拠点として地域を支え続けています。同法人では他にも、認知症の方に特化し、一人ひとりの個性や生活リズムを尊重した専門的なケアを提供する「グループホームとみさか(認知症対応型共同生活介護/定員18名)」などを運営しています。

 

【組織力と実績】

先駆的なグローバル人材の活躍: 介護業界での人手不足が顕在化し始めた時期に、他社に先駆けて外国人技能実習生を導入。語学と文化の相互理解を深める独自のアプローチにより、国境を越えたチームビルディングに成功しています。
若手人材の確実な確保: 採用が困難とされる地方の福祉施設でありながら、「3年連続での新卒入社」という実績を持っています。基本理念である「忠恕(まごころ・おもいやり)」 が職場の日常的な文化として定着しており、求職者にとって心理的安全性の高い環境が整っていることが、この定着率と採用力に直結しています。

 

「挨拶が決め手だった」当たり前を大切にする新城市・くるみ荘の挑戦。変わり続ける鳳寿会の“変わらない想い”

 

 

地域おこしとは、一人ひとりの心に小さな火を焚べること|早稲田大学で考えた地方創生の本質

早稲田大学GCCオフィスにて。

 

学生が企画してくれた講演会にお呼ばれして

「卒業後の地域との関わり方」についてお話ししてきました。

 

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いや、さすが早稲田の学生さんたち。

「将来は地元に帰り、地域のために何かしたい!」
「子ども食堂をやりたい!」
「多世代が交流する拠点をつくりたい!」

 

みんな、めちゃくちゃ意識が高くて驚きました。

 

でも、僕はあえて、みんなに一つの問いを投げかけました。

 

 

「なぜ、地域をおこしたいのか?」

 

 

多世代交流も、子ども食堂も、キャリア教育も、つまるところすべて「手段」であって「目的」ではありません。

 

 

あなたは、なぜ(WHY)それをやりたいのか?

なぜ、あなたじゃなきゃいけないのか?

 

学生さんたちも、ハッとしていました。

よく地域創生関係のイベントに参加すると、たくさんの肩書きを持った人が、

 

「まぁ、色々やってます」

とかなんとか言って、頼んでもいないのに何枚も名刺を渡してくることがあります。

 

でも、本当に知りたいのは「何をやっているのか?(HOW)」じゃない。

「なぜ、やっているのか?」なんです。

 

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そもそも、地方創生とは何なのか。

何を目指して、地域をどう変えていきたいのか。

 

 

そこを自分の言葉で語れなければ、誰の心にも響きません。たった一人の心を動かせない人が、地域を動かせるわけがありません。

 

 

 

逆に考えれば、

「地域おこし」という言葉ほど、おこがましい言葉はありません。

 

 

たった数人の地域おこし協力隊が地域に入ったところで、一体何ができるでしょうか?

何千人、何万人という住民の方々に、たった3年間活動だけでどれほどのインパクトを残せるのでしょうか?

 

僕らにできることなんて、一人ひとりの心に小さな火を焚べる。

 

 

そのくらいのものです。

今回の講演会もそう。

 

 

一体、何人の学生さんの心に刺さったのでしょうか。

 

 

正直、わかりません。

 

 

 

でも。

それでも、続けるんです。

 

 

 

誰かの心に火が灯れば、その人からまた次の誰かへと火が移っていく。

その連鎖を繰り返して、気づいたら町の人々の心の炎が大きく燃え盛っていた。

 

 

それが、僕のイメージする「町おこし」のカタチなんです。

 

だから学生であっても、一人の小さな活動は無意味なんかじゃない。最初から大きなことを成し遂げる必要なんてありません。

 

 

自分がなぜそれをやりたいのか?

その思いにひたむきに、熱量を込めて続けていれば、必ず誰かの心に火を焚べることができる。

 

だから、まずは何でも始めてみることからです。

 

そして、いつかその火が、地域を動かす大きな炎になるかもしれない。

 

 

ぜひ、新城で一緒にやりましょう。

学生の皆さん、お待ちしています(笑)。

企画してくださった皆さん、本当にありがとうございました!

 

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チームワークが誰よりも苦手な僕が、初めてチームのために働きたいと思った話

自分の特性を改めて書くと、うんざりするくらい面倒くさい奴だとわかります。

 

  • 基本、独りが好き。
  • 大勢の中にいるのが苦痛なのに、ずっと独りだと寂しくなっちゃう。
  • それでもチームの輪を大事にしたい。
  • なのに、長いものに巻かれたくないから好き勝手言っちゃう。
  • 嫌いな奴には頭を下げない。
  • ピリピリした雰囲気も苦手。
  • 平和が一番大好き
  • …なはずなのに、いきなりちゃぶ台をひっくり返すようなことを言ってしまう。
  • 空気が読める癖に、空気を読まない。

 

とどのつまり、僕はチームワークが大の苦手なんです。

特に、大勢のコミュニティに入ると、この癖が顕著に出てしまう。

 

最初は大丈夫なんですよ?

でも関係が深まってくると、

「あのさぁ、こういうところなんとかならんかなぁ」

と、欠点を指摘されるようになる。

 

僕のように欠点が星の数ほどある人間にとって、「真っ当になってほしい」という要望は理解できます。

 

 

でも、理解はできても、なかなか改善できない。

 

 

基本的に斜に構えた性格なので、組織のために素直に「はい、わかりました」とは言えない。

だからこそ僕は独立して、自分の居心地の良い環境を必死になってつくり、守ってきたんです。

 

僕と同じような生きづらさを抱えた人たちが、少しでも自分らしく生きられる社会をつくるために…

 

 

でも、個人で動くにも限界があります。

 

だから新城に来て、地域おこし協力隊として活動を始めました。

市役所のメンバーや雇用創造協議会。

僕のような一癖も二癖もある人間たちの中で、一年間過ごしてきて、ようやくわかったことがあります。

 

なぜ、このチームはこんなにも居心地がいいのか。

 

 

それは、みんなが僕の欠点を知った上で、「変えようとしない」からなんです。

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「真央くん、これが苦手だと思うから、やっとくね」

「真央くんがやりたいようにやってくれたらいいよ」

そんなふうに、僕の長所を理解し、欠点もわかったうえで仕事を分担してくれる。

 

 

誰かの欠点が、僕の長所だったりする。

僕の欠点が、誰かの長所だったりする。

 

 

それぞれが完璧じゃないからこそ、噛み合う。

そういうチームはこんなにも強いのか、と。

 

 

個人でやっていた頃は、「僕が倒れたら終わる」と、ずっと重荷を背負って走ってきました。

でも今は、しんどいときに頼れる仲間がいる。

僕が休んでも、誰かがフォローに回ってくれる。

 

 

「これがチームの力か」

この歳になって、強烈に実感しています。

チームワークって、みんなが同じ方向を向いて、同じように動くことじゃないのかもしれない。

 

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苦手なことも、得意なことも違う。

考え方も、性格も違う。

それでも、お互いの違いを知ったうえで、「じゃあ、あなたはこれをお願い」と役割を分けられる。

 

 

そんな関係こそが、本当のチームワークなのかもしれません。

 

どこまで走れるかわかりません。

でも、このメンバーで走れるところまでやってみたい。

チームワークのなかった自分が、初めて「チームのために働きたい」と思っています。

 

 

ここまでかなり遠回りをしました。

一人で走ることしか知らなかった僕が、ようやく誰かと一緒に走ることを覚えた。

そんな仲間に巡り会えたことが、もしかしたら地域おこし協力隊としての、一番の成果なのかもしれません。

 

「そんな弁当、買ってくれる人なんかいるのか」から始まった。一人の人生に寄り添い、街の景色を変えてきた福祉の力【おしごとジャーニー】

 

「きたない」「きつい」「給料が安い」で3K

かつて福祉の世界は、そう揶揄されていました。

 


愛知県新城市。この街で、障害のある人たちが当たり前に働き、暮らし、街の人と笑い合う―そんな景色を作り上げてきたのが「社会福祉法人 新城福祉会」さん。

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理事長の長坂さんと、業務執行理事の渡邉さんに、レインボーはうす所長の大原さんの3名から法人が生まれた背景から、今なお大切にしている想いまで、じっくり聞かせてもらいました。

この記事を読み終わったあなたは、きっと福祉の世界が「かっこいい」「価値のある」「感動できる」新しい3Kに変わっているかもしれません。

 

 

お母さんたちが動いた、「みどりの家」からの物語


新城福祉会の前身は、昭和63年4月にスタートした小規模作業所「みどりの家」です。定員20名、運営していたのは親御さんたち自身でした。当時は大変古い建物で、大雨や台風がくると屋根が心配になるような過酷な環境だったといいます。

 

やがて、養護学校を卒業しても「みどりの家」に入れない子供たちが増え、若いお母さんたちが「たんぽぽ」という市民団体を結成。「新城市手をつなぐ育成会」が中心となり、公的な認可施設を作る運動が本格化しました。

 

2002年1月に法人設立準備委員会、3月に「レインボーはうす建設を実現する会」が発足。 豊川の施設で長年現場経験を積んでいた長坂さんや、養護学校から飛び込んだ渡邉さんらが合流し、ひとつの目的に向かって進み始めます。

 

 

「当時の新城にはまだ障害がある方が普通に出歩いている景色はありませんでした。障害があっても地域で当たり前に暮らしていける街にしたい。そして何より、自分の経験を自分の生まれ育ったふるさとにお返しをしたいという使命感が湧いてきました」と長坂さんは当時を振り返ります。

 


2003年(平成15年)7月7日、正式に「社会福祉法人 新城福祉会」の設立認可を取得。そのおよそ1年半後、親御さんたちの熱い思いを結晶化させた知的障害者通所授産施設「 レインボーはうす」が開所しました。開所式には市長や議長も駆けつけたそうです。

 

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「そんな弁当、買ってくれる人なんかいるのか」昼食工房で魅せた現場の意地


法人設立からまだ間もない頃、忘れられない出来事があったと長坂さんは語ります。お弁当事業を始めると発表した法人役員と職員との交流会で、ある役員さんからこう言われたのです。

 


「障害のある者たちが作った弁当、買ってくれる人なんかいるのか」

 


当時はまだ新城では障害者に対する理解が浅かった時代。しかし、長坂さんたちは一切怯まなかった。

 


「とにかくやってみるから、それを観てからまた意見をください」

 


厨房を任されたスタートアップメンバーが美味しいお弁当を作り上げ、渡邉さんが初めての営業で苦戦をしながらも市内に販売していく。「お弁当を作る工程で、利用者のみなさんの役割分担をどう作るか見立てて、みんなと一緒に開拓していきました。」と渡邉さんは当時の苦労を振り返る。法人理念の最初に掲げられた「ともに働き」という言葉には、渡邉さんの実感がそのまま込められています。

 

数年後、例の役員さんから「新城で税理士の集まりがあるから、20名分ほどのお弁当が欲しい」と注文が入ったそうです。

 


「最初は何を言っても言葉では通じない。とにかく実践して示すしかない」

長坂さんの言葉には熱い想いがこもっていました。

 

 

「施設内で働く」だけで終わらせない。同じ街で働く、対等な関係へ

 

新城福祉会が大切にしてきたのは、「就労施設の中で働く」のではなく「会社で働く」ことで生まれる対等さです。訓練を経て一般企業に就職したメンバーには、「同じ街で働く大人同士になったら一緒に飲みに行こうね」と約束していたといいます。最初は利用者さん1人とスタッフ3人で始まった飲み会が、就職する人が増えるたびに輪を広げ、一軒の居酒屋を貸し切りになるほどに膨らんでいきました。

 


大原さんが就労移行支援を始めた当初、利用者さんに「将来どんな仕事をしたい?」と聞いても、「レインボーはうすで働ければそれでいい…」と経験がないために答えは限られていました。親御さんたちも「このまま落ち着いて通ってくれればそれでいい」と話す方が多かったそうです。

 

それが1人就職すると少しずつ周囲も変わっていきました。「私も〇〇さんと同じ職場で働きたい」「給料10万円以上は稼げるようになりたい」本人の言葉が変わると、親御さんの言葉が変わり、やがて受け入れ企業側からも「この人が来てくれたことで職場がすごく優しくなったよ」という声が返ってくるようになりました。

 

 

たった1人の生き方が、街の〝景色〟を変えていったのです。

 

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一人の物語が、次の事業を生んできた


新城福祉会の事業は、日中活動支援から就労支援、ヘルパー支援、居住支援、相談支援まで多岐にわたります。その拡がり方には、一つの共通点があります。「この先これがあるといいよね」というビジネス的な発想ではなく、目の前の一人の物語(人生)を支えるために、必要な事業を後から積み上げてきたという点です。

 


象徴的なのが、ある親子の物語です。

知的障害のある母子が地域で暮らす中で見えてきた生活面の課題から、まず昼間通える場としてレインボーはうすが生まれ、通院や家事を支えるためにヘルパー支援が、生活リズムを保つための居住の場としてグループホームが、それぞれ必要に応じて立ち上がっていきました。

 


「その人の物語(人生)を支えるために自分たちができること(事業)を積み上げてきた結果、今の新城福祉会のカタチになった」と大原さんは語ります。

 

 

これからは「ウィズ・ハンディキャップ」の時代


〝ウィズ・コロナの時代〟そんな言葉が生まれる昨今。

これからの時代を、渡邉さんは「ウィズ・ハンディキャップの時代」と表現します。高齢化や医療の発達により、誰もが何らかのハンディキャップと共に生きる可能性がある社会。だからこそ、専門性を身につけながら、利用者一人ひとりと一緒に試行錯誤していく醍醐味があるといいます。

 


「うちの法人は、街にすごくコミットしています。自分のキャラクターを仕事に混ぜ込み、顔が見える距離感で波紋を起こしながら仕掛けていける。舵取りにも携われるサイズ感です。自分の変化にコミットし、街が変わる景色を見たい人は、ぜひ飛び込んできてください」

 

大きな組織の1パーツになるのではなく、自分の変化が組織全体の景色に影響を与えられるサイズ感。それが新城福祉会で働く魅力だと、メンバーは口を揃えて言います。

 

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さいごに 


「買ってくれる人なんかいるのか」と言われたお弁当は、今では街のみんなに愛されるようになりました。一人の物語から生まれた事業が、また次の一人を支えていく——新城福祉会が積み重ねてきたのは、そんな地道な連鎖です。

 


それは決して派手ではありません。

しかし、福祉の現場には1人の人間の人生に携われる“手触り感”があります。

もし、今あなたが仕事をしている実感が無くて悩んでいるのなら、ぜひ一度新城福祉会の現場を訪ねてみてください。

 


もしかしたら、この世界の虜になってしまうかもしれません。

 


【新城福祉会 公式データ・沿革】


正式名称: 社会福祉法人 新城福祉会
設立年月日: 2003年(平成15年)7月7日
代表者: 理事長 長坂 宏(2023年10月就任)
従業員数: 133名(2026年4月現在)

 

・社会福祉法人格取得後、「レインボーはうす」を開所し、知的障害者通所授産施設としてスタート(職員13名・利用者定員30名)

・事業内容:生活介護(医療的ケアを含む)、就労移行支援、就労継続支援B型、ヘルパー支援(居宅介護・通院等介助)、グループホーム、相談支援など多角的に展開

・自主事業:弁当製造・宅配、焼き菓子製造・販売事業を市内で展開し、就労訓練と収益事業を両立

・就労実績:訓練を経て一般企業へ就職した利用者を多数輩出し、地域企業との実習・連携を継続的に拡大