「日本の教育を変える」今井真央のブログ

「日本の教育を変える」今井真央のブログ

新城市地域おこし協力隊 大地の学校ロータス 森のようちえんサマーブルー 森のようちえん おかざきプレーパークなどの活動日記。2児のパパ。大手製薬企業を脱サラし、日本を変えるために日々突っ走っているヤバい父親のお話

「交通事故で悲しむ人を1人でも減らす」線一本にかける職人たちのこだわり【おしごとジャーニー】

f:id:leftkanabun0314:20260902061635j:image


私たちが毎日、当たり前のように車を走らせている道路。道路の白線。信号のない交差点の停止線。横断歩道のあのシマシマ。お恥ずかしながら毎日目にしているのに、誰が、どうやって描いているのか考えたことすらありませんでした。

今回は、区画線工事・安全施設整備を手がける「日本道路システム」さんに、現場のリアルを聞かせてもらいました。話してくれたのはこの道19年のベテラン、福司さんです。

 

「ただ線を引くだけの仕事でしょう?」――もしそう思っているなら、この記事を読み終える頃には、道路を見る目が180度変わっているはずです。誰もが見たことがあるはずなのに、なかなか知られていない「ライン職人の世界」をお届けします。

 

高速道路の真横で神経をすり減らした15年間

 

福司さんが株式会社日本道路システムにやってきたのは、今から19年前のこと。それ以前は、旧・日本道路公団(現在のNEXCO)の管轄で、高速道路の維持管理をする仕事に15年ほど携わっていました。

樹木の伐採から、雪の日の塩カル(融雪剤)撒き、そして突発的な交通事故や車両火災の復旧まで、道路のあらゆるトラブルに対応する過酷な日々。現場は、車が時速100kmでビュンビュンと飛び交う高速道路です。

 

「最初はドキドキでしたが、人間って不思議で慣れちゃうんですよね。100kmで車が飛んでくるところを、一人で平気で横断したりしました。」

 

命の危険と隣り合わせなだけではありません。

 

緊急対応が求められるため、休日に旅行へ行きたくても行けない。夜寝る時も常に電話を握りしめ、鳴れば1時間以内に現場へ急行しなければならない「24時間待機」のような状態だったそうです。

 

「当時は『使われている』という感覚でした。褒められることもないし、ただひたすらにこなすだけ。メンタル的にもいっぱいいっぱいでした。」

f:id:leftkanabun0314:20260902061219j:image


「使われている」から、「仲間とやる」感覚へ

 

精神的にも体力的にも限界を感じ、「もう無理だ」と転職を考えていた福司さん。そんな時、偶然声をかけてくれたのが、株式会社日本道路システムの前社長でした。

「行くところがないなら、うち来るか? 命取られることないから、そんなに考えなくていいよ」

張り詰めていた糸をフッと緩めてくれるような、その温かく人情味あふれる言葉に救われ、福司さんは未知なる「区画線(道路のライン引き)」の世界へ飛び込むことを決めました。

 

実際に転職してからは「仲間とやるっていうのもあるし、楽しいですね」。現社長は新しいことにチャレンジする人を積極的に応援してくれます。新城本店の社員は16人と毎日顔が分かるぐらいの距離感で、「基本的には優しい人ばかり」というアットホームな職場とのこと。長く働き続ける人が多いのも、職場環境が良い証拠です。

 

入社当時の福司さんは、「ただ現場に行って、言われた通りに色をつけていくだけの仕事」だと思っていたそうです。しかし、そこで待っていたのは、想像を超えるほど奥深い職人の世界でした。

 

「ただ線を引くだけ」じゃない、職人のこだわり

道路に引かれている線は、ただ図面通りに真っ直ぐ引けば良いというものではありません。

 

「道路って、実は少し傾いていたり曲がっていたりするんです。図面通りの寸法で線を引くと、人間の目には逆に歪んで見えてしまう。そこを自然なカーブに見せるように微調整していくのが、職人の『感性』なんです」

 

現場はまさに時間と自然との戦い。塗料は200度近くまで熱して使用するため、真夏の現場は路面の照り返しも合わさって灼熱地獄です。(現在は会社から最新の空調服が支給されています)

 

「ライン1本にしてもすごいこだわって引いているなって思いました。素人目で見ると真っすぐな線に見えても、職人から見れば『これ曲がってるよ』と言うんです」

 

天候を読み、路面の状態を把握し、図面を引き、寸分狂わず線を描く。矢印の種類、停止線のサイズ、横断歩道の施工時間の規定など、覚えることは多岐にわたります。職人の登竜門でもある国家試験では、決められた寸法を約30分という時間内に施工できるかが問われます。それが熟練の職人になれば、複雑な横断歩道や矢印の作図もたった5分、塗りも含めて15分足らずで仕上げてしまいます。

 

「どんなに時代が進んでも、その日の天候や路面の状況を見て、臨機応変に線を引くこの仕事はAIには絶対にできません。人間が状況を見てやるしかないんです」

 

f:id:leftkanabun0314:20260902061423j:image


「父ちゃんが引いた線なんだぞ」と息子に胸を張れる仕事

 


線の引き方ひとつで、事故の確率は変わる。雨の日、視界が悪い夜、少しでも見やすい線があれば、防げる事故がある。普段は意識されない場所に、確かな使命が息づいています。

 

「交通事故で悲しむ人を少しでも減らしたい。それが僕たちの仕事の根底にあります。だからこそ、線一本にもこだわるんです」

 

一番のやりがいは、自分が手がけた仕事が「形」として街に残り続けること。 三井アウトレットパークのような巨大な駐車場のラインを、オープン直前のギリギリのスケジュールで仲間と共に引き切った時の達成感。そして、休日に家族を車に乗せて走っている時、息子に一言。

 

 

「ほら、ここ。父ちゃんが引いた線なんだぞ」

 

 

確かに夏は暑く、冬は寒い。決して楽な仕事ではありません。しかし、クーラーの効いた部屋でパソコンと向き合うだけでは得られない「生きている実感」と、「街のインフラを守っている」という揺るぎない誇りがここにはあります。

 

インタビューを終えて


〝楽に稼げる仕事がしたい〟と、条件だけを見れば大手のホワイトカラー職に人気が集まりがちな時代。それでも、こうした目に見えない人々の暮らしを支える仕事の魅力に導かれてたどり着く人がいる——そこに、この仕事の本当の価値があるのかもしれません。

 

「変わりが効かない人間になりたい人、本気で手に職をつけたい人には最高の環境ですよ」と笑う福司さんの顔は、真夏の太陽に負けないくらい充実感に満ちて輝いていました。

 

あなたも、この温かいチームの一員として、新城の街に「安全」という名の線を描いてみませんか?

 

奥深い職人の世界にハマってしまうかもしれませんよ。

f:id:leftkanabun0314:20260902061610j:image


【企業データ】

株式会社日本道路システムの実績と専門性

株式会社日本道路システムは、道路区画線や交通安全施設の施工において、地域トップクラスの機動力と専門技術を有するプロフェッショナル集団です。

事業内容: 路面標示工事(横断歩道、停止線、センターライン等の施工・抹消)、交通安全施設工事(ガードレール、標識、カーブミラー等の設置)
専門技術と設備:
悪天候後でも迅速な施工を可能にする超高圧・熱風路面乾燥機(ジェットタービンエンジン搭載)を自社保有。
溶解塗料施工機をはじめ、多様な道路状況に対応する特殊機材を完備。
保有資格:
路面標示施工技能士(国家資格)
土木施工管理技士(1級・2級)
実績データ: 新城市および東三河エリアの国道・県道・市道はもちろん、新東名高速道路や大型商業施設(三井アウトレットパーク等)の広大な駐車場施工まで、高い精度が求められる現場を多数完遂。
働く環境: 新城本店従業員数16名。㈱日本道路システム全体では41名。空調服の完全支給など、過酷な現場環境を緩和するためのサポート体制を整備。未経験からでも「国家資格」の取得を目指し、一生モノの技術を身につけられるフォロー体制が整っています。

 

『人は思い通りにはいかない。』営業とフリースクールの経験で得た気づき

人は思い通りにはいかない。

f:id:leftkanabun0314:20260827082523j:image

僕がフリースクールで経験したことは、子どもたちと日々一緒に過ごす中で、“人は自分の思い通りには生きてはくれない”ということでした。

 

昔から僕は自然の中で遊ぶことが好きで、海や山、川で釣りや山登りなどアウトドアを対象にしたスポーツを楽しんでいました。

 

自然の中は思い通りにいかないことばかり。天気もそう、突然の雨や台風で中止になることももちろん、ぬかるみで足を滑らせて怪我をするなんてことは日常茶飯事です。

 

そうした自然との関わりの中で、僕は少しずつ自分の思い通りにいかない世界を体感していった。

 

 

「こうすれば、こうなる」相反するビジネスの世界

 

社会に出ると、全く違った世界でした。

製薬会社のMR(営業担当)としてマーケティングや集客、そして相手に響くような営業スキル。技術を磨き、知識を仕入れ、仮説を立てて行動することで売り上げを上げ、結果に結びつける。そういう世界で仕事を学んできました。

 

当時営業で求められたものは、相手を買う気にさせ如何に売り上げに結びつけるかというスキルでした。僕はその技術の習得に向け、ひたすらに腕を磨き続けました。

 

そして、自分が本当にやりたかったフリースクールへ。

 

事業の対象が医薬品という「商品」ではなく「人」に変わりました。

 

今までだったら、物を言わない薬が商品で、お客さんは先生。「どうしたらこの先生に対して薬を売ることができるのか」、それを考えて行動すればよかったのですが、フリースクールはそうではありません。

 

不登校の子どもたちは、十人十色。中には自分の想像もつかないような世界で生きてきた子もいます。

 

全く話してくれない、目も合わせてくれない。そんな現場の子どもたちの対応に、最初はたじろぎ、どう接していいか分かりませんでした。

 

今までのビジネスの世界で学んだ「こうすればこうなる」といったスキルや知識だけでは、到底太刀打ちはできませんでした。

僕ができることといえば、一人一人、正面から真摯に向き合う。それ以外に人と対する方法はなかったからです。

 

ビジネスの世界で学んできた「こうすればこうなる」が通じないフリースクールの世界で、一人一人と真剣に向き合って5年間、6年間現場で学び続けてきました。この姿勢こそが、これからの時代を生きていく上で最も大切なことだと気づいたからです。

f:id:leftkanabun0314:20260827082557j:image

今、新城で「地域の人事部」として、再びビジネスの世界と人をつなぐ新しい境地に来ています。

 

これからの僕は、営業時代に培ってきたスキルや知恵だけでなく、フリースクール時代に築き上げてきた「一人一人と真剣に向き合う姿勢」、そして「思い通りにはいかない」という人ならではの難しさを知った上で、これからの仕事に臨んでいきたいと思っております。

どこに行っても少数派だった僕が、新城市で「地域の人事部」をつくる理由

f:id:leftkanabun0314:20260822074451j:image

「どこに行っても少数派」

それに気づいたのは、わりと最近のことです。

昔の僕は、周りの顔色ばかり伺い、「あ、今これをやっていれば正解なんだな」と空気を察して生きていました。でも、自分の本心に嘘をつき続ける生き方を、どうしても変えたかった。

 

自分の好きな服を着て、

自分の言いたいことを言い、

自分のやりたいようにやる。

 

29歳で脱サラしてから、僕は今まで長年抑え込んできた個性を爆発させました。

おかげさまで、僕の周りにいた一部の「物好き」な友人を除いて、ほとんどの人が去っていきました。

 

「常識的に考えておかしい」

「そんな人だとは思わなかった」

 

今まで“演じていた僕”しか知らなかった人たちは、口々に失望の言葉を残していきました。

 

周りの顔色を伺って生きてもしんどい。

本心を全開にして生きても、それはそれでしんどい。

 

つまり僕にとって世の中は、どう転んでも生きづらかったんです。

 

だからこそ、同じように生きづらさを抱える若者たちの気持ちが、痛いほど分かります。

「日本の教育を変える」なんて、一見すると中二病みたいなブログタイトルを掲げているのも、本気で社会の仕組みを変えないと、僕らがずっと息苦しいままになってしまうからなんです。

f:id:leftkanabun0314:20260822074545j:image

生きてるだけで価値を感じられる社会へ

普通に生きていくことって、本当に難しいと思いませんか?

 

好きなことを仕事にしようとすると食べていけなかったり、求められる仕事ばかりをこなしても自分のことを好きになれなかったり。

誰もが起業家やフリーランスとして独立して生きていけるわけじゃない。かといって、定年までサラリーマンを続けられるほどの忍耐力もない。

 

だから僕は、「社会に自分を適応させる」のではなく、「人と社会が互いに歩み寄れる仕組み」に変革したいんです。

 

「お前の自己責任だ」と切り捨てるのでもなく、「全部社会のせいだ」と諦めるのでもない。

 

異なる価値観を持った人間同士が共存できる場所を創る。そのためには、学校教育だけでなく、行政、企業、支援機関のあり方そのものを変える必要があります。

僕が夢だった学校運営を辞めてまで新城市の「地域おこし協力隊」に飛び込んだのは、この町ならそれが実現できると本気で確信したからです。

f:id:leftkanabun0314:20260822075125j:image

個人でやる限界と、チームでやる新しい挑戦

これまで僕は、現場で子どもたちや若者一人一人と時間をかけて向き合ってきました。

  •  幼児期の根っこを育てる「森のようちえん」
  •  学童期を下支えする「学童クラブロータス」「おかざきプレーパーク」
  •  中高生まで伴走する「大地の学校ロータス」

目の前の子どもたちと本気で向き合ってきた。それでも、世の中全体は1ミリも変わりませんでした。

 

個人の活動だけでは限界がある。もっと広域に、地元の企業や行政を巻き込んで仕掛けなきゃダメなんだと痛感したんです。

 

 

そこで行き着いたのが、「地域の人事部」という選択肢でした。

  •  地元の小・中学校から都会の大学まで巻き込んだキャリア教育
  •  行政や商工会と共に地域課題を解決するプロジェクト企画
  •  中小企業が手を取り合い、一丸となって行う人材育成と採用支援

要するに、地域社会が抱える「人」の課題に、あらゆる側面からアプローチする仕事です。

今まで僕が経験してきた営業や教育のすべてが、ここに繋がっていたんだと思えました。まるで、この仕事に出会うために苦労や失敗を重ねてきたんじゃないかと思えるほどに。

 

 

これは僕の人生の総決算なんです。

 

 

今まで僕と同じように「生きづらさ」を抱えてきた若者たちが、この新城という地域では“代わりのきかない貴重な戦力”になる。

 

 

 

「役立たず」と罵られ、腫れ物のように扱われていた子が

「あなたのおかげ」と感謝され、自信に満ち溢れた顔で生きていく。

 

 

 

そんな温かい社会を想像するだけで、ワクワクしてきませんか?

 

 

僕は人生をかけて、この新城からそんな社会を創ります。

f:id:leftkanabun0314:20260822074713j:image

工場勤務14年からイチゴ農家へ。40歳からの挑戦と“育苗”への情熱【おしごとジャーニー】


「今の仕事をこのまま続けていていいのだろうか……」 

「40代になってから新しい世界に飛び込むなんて、遅すぎるんじゃないか…」

そんな風に自分のキャリアやこれからの人生に悩んでいる方に、ぜひ届けたいストーリーがあります。

今回インタビューにお邪魔したのは、新城市で未経験からイチゴ農家へと転身し、今年で7年目を迎える岩田さん。朝から深夜まで工場で働き詰めだった14年間を経て、なぜ40歳手前でまったく未経験の「農業」という未知の世界に飛び込んだのか。そして、そこで見つけた「自分の手で人生の段取りを描く面白さ」について、じっくりお話を伺ってきました。

 

f:id:leftkanabun0314:20260820183231j:image

朝から深夜まで働いた14年間。「このままでいいのか…」40歳手前で抱いた葛藤

岩田さんは20代半ばから地元新城の工場で約14年間、製造業の現場で汗を流していました。来る日も来る日も、がむしゃらに働く日々…しかし、その裏では肉体的にも精神的にも限界が近づいていました。

 

「当時は朝早くから深夜までずっと働いていて、体力的にも定年まで居られるのかなという不安と、精神的にも相当きつくなっていました。『誰でもいいから倒れてくれないか』と思ってしまうくらい追い込まれていたんです」

 

職場の人間関係は決して悪くなく、むしろ家族のように仲が良かったと言います。だからこそ辞めづらさもありました。しかし、30代後半になり、定年直前の上司たちの姿を見たとき、岩田さんは自分が将来この会社で働き続けるビジョンが描けなくなってしまいました。

 

「”環境を変えたいけれど、他の会社に転職しても似たような不満が出るんじゃないか“。それなら、思い切って全く違う職種に挑戦してみようと思いました」

 

そんな時に偶然目にした、新城市の広報誌にあった「新規就農者募集」の文字。

 

「土も触ったことがないし、家族にも相談せずに一人で悩んでいました。でも、どうせ変えるなら全く経験のない世界に飛び込む方が勉強のしがいがあるんじゃないかと思ったんです」

覚悟を決め、奥様に「仕事を辞めて農業をやろうと思う」と打ち明けた岩田さん。突然の告白に戸惑う奥様も、岩田さんの強い意志を感じ取り、次第に理解を示してくれたそうです。

 

f:id:leftkanabun0314:20260820183347j:image


「育苗で7割が決まる」誰にも触られたくないイチゴ農家のプライド

全くの未経験から飛び込んだ農業の世界。実際にやってみてどうだったのかを尋ねると、岩田さんの口からは「学び直し(リスキリング)の刺激と面白さ」という意外な言葉が返ってきました。

 

「農業は半年先を見据えて、『花を咲かせるために今何をすべきか』を逆算して段取りを組むんです。徐々に手をかけていって、自分が思い描いた通りに花が咲いたときの快感は格別ですね」と嬉しそうに語る岩田さん。

 

もちろん、最初からうまくいったわけではありません。苗が乾燥する焦りから水をやりすぎて根腐れさせ、半分を枯らしてしまった失敗もあったそうです。工場のようにマニュアル通りにはいかない“自然相手のさじ加減”を、何度も失敗を繰り返しながら少しずつ経験値として積み上げていきました。

 

 

イチゴ農家というと、真っ赤に実った果実を摘み取る収穫のイメージを持つ人が多いと思います。しかし、岩田さんが最も熱を込めて語ってくれたのが「育苗(いくびょう)」つまり苗を育てる工程です。

 

購入した苗を使って栽培を始めるイチゴ農家もいますが、「どんな育て方をしたかわからないから」と岩田さんはあえて、手間を惜しまず苗をイチから育てる方法を選んでいます。

 

「イチゴの出来は、この育苗の段階で7割が決まります。小さなポットの中の土だから、少し水や肥料を入れただけで数値が跳ね上がるし、落とそうと思ったらガクンと下がってしまう。本当に繊細で大変な作業なんです。収穫は誰でもできるから人に任せたいくらいですが、育苗だけは『誰にも触ってほしくない』領域ですね」

手塩にかけて育てた苗だからこそ、何があったのかが把握でき、今後の見通しも立てやすい。全て自己責任になる分、リスクも大きいけれど、その分だけ得られる手応えも大きい。そこには、単なる効率や生産性を超えた、プロの農家としての強いこだわりと情熱が詰まっていました。

 

f:id:leftkanabun0314:20260820193529j:image


「全国でもトップクラスに手厚い」新城市の伴走サポート

ゼロからの新規就農には、大きな資金的・精神的ハードルが存在します。「最初は本当に怖かった」と岩田さんも振り返ります。ある年は病気が広がり、どんな対処をしても効果はなく、ほとんどが出荷できる状態ではなくなってしまったことも。「心が折れた」と当時のショックを語ってくれました。

 

しかし、それでも歩みを止めなかった背景には、新城市ならではの手厚い支援体制がありました。

 

「新城市は市役所や農協(JA)がタッグを組んで新規就農者をサポートしてくれます。事業計画書の作成から設備の補助金手続きまで、至れり尽くせりでやってくれる。全国いろんな地域を見ても、ここまで手厚いのは新城市だけじゃないかと思います」

 

実際、新城市には新規就農でもトップクラスの成績を出す若手農家も育っており、岩田さんの周りでも成果を上げている仲間が増えています。

 

地域で使われなくなった空きハウスや耕作放棄地を有効活用し、新しい産業の芽を育てる。そんな岩田さんのように熱意を持ったチャレンジャーを、地域全体で受け入れ、支える仕組みがここ新城には整っています。

 

「地元で探せば、面白い生き方はいくらでもある」次の世代へ繋ぐバトン。

 

岩田さんはご自身の営農だけでなく、地域の未来を見据えた活動にも取り組んでいます。

地元の小学生たちを受け入れ、イチゴの収穫体験を行ったり、農業の見えない魅力を伝えようとしています。

 

「子どもたちには『東京や遠くに行かなくても、地元(新城)を探せばいろんな仕事があるんだ』ということを知ってほしいですね。言葉で伝えるより、現場で働く大人の背中を見せるのが一番だと思っています」

 

さらに今後は、イチゴの閑散期である季節にも通年で働けるような新しい作物や仕組みづくりに挑み、地域に新しい「雇用」を生み出すことを目標に掲げています。

 

「この土地に住まわせてもらっているからこそ、少しでも新城を盛り上げたい。若い世代の農家がちゃんと稼いで、地域にお金を回して活性化させていかないと意味がないですから」

 

“農業は稼げない”そんな通説を変えるため、岩田さんは新たな挑戦をしようと計画しています。

 

f:id:leftkanabun0314:20260820183529j:image


「迷っているなら、早く腹を括ったほうがいい」悩める同世代へのメッセージ

今、将来のキャリアや転職に迷っている同世代(30代〜40代)へのメッセージを伺うと、岩田さんは力強く答えてくれました。

 

「早く腹を決めたほうがいいですよ。迷っている間に時間が過ぎて、気づいたら60歳になって『もういいや』ってなったら、人生一回きりなのにもったいないじゃないですか。失敗したって死ぬわけじゃないし、ハラハラドキドキしながら知恵を絞る感覚は、サラリーマン時代には味わえなかった面白さです。本気でなんとかしようと行動すれば、必ず助けてくれる人が現れますから」

 

来月生活できるだろうか…そんな危機を何度も乗り越えてきた岩田さんだからこそ、単なる安定ではなく“今を生きる”ことを大切にしているのかもしれません。

 

インタビューを終えて

14年間の工場勤務から、自分の手で苗を育て、未来を描くイチゴ農家へ。 岩田さんの言葉には、苦労を乗り越えてきたからこその圧倒的なリアリティと、自らの足で立って生きる人間の力強さがありました。

 

「一生懸命やっている人を、応援しない人間はいない。助けてもらえるまで、自分が真剣にやれているかが大事」

 

新城市には、農業未経験からでも本気で挑戦したい人を温かく受け入れ、伴走してくれる充実したサポート体制があります。「自分で自分の人生の段取りを組んでみたい」「地域に根を張って、やりがいのある仕事を見つけてみたい」と感じた方は、ぜひ一度、岩田ファームさんを訪れてみてください。

 

あなたの人生の新しいスタートが、待っているかもしれません。

f:id:leftkanabun0314:20260820193715j:image

----------------------------

今回取材した「岩田ファーム」さんで働いてみたい方や、職場見学を希望される方は是非ご連絡下さい↓


新城市地域おこし協力隊

今井真央 - Facebook

https://www.instagram.com/maoimai1113?igsh=MXV5N21ucTFieGR1MQ%3D%3D&utm_source=qr

https://youtube.com/channel/UCEg9T9OfUtCsKoVyaglyPaw?si=f-AiBuUxMjoJW-GJ

 

AI時代だからこそ、あえて手間をかける。新城市の企業と人をつなぐ「おしごとジャーニー」

僕は今、「おしごとジャーニー」という新しいウェブサイトを立ち上げています。

 

何故、今この時代に「おしごとジャーニー」をつくるのか?

 

SNSが主流の時代

「30秒以上の動画は見られない」

 

なんて言われている世の中で。

一体誰がブログなんて読んでくれるんだろう。

そもそもイチから文章を書くなんて、一体誰がやっているだろう?

 

 

 

市内の企業の魅力を発信するために、一軒一軒自ら足を運び、経営者の方や従業員さんにインタビューをしています。きっとホームページを見て、AIに丸投げして「文章を考えて」と頼めば、あっという間に記事なんかできてしまうのかもしれない。

f:id:leftkanabun0314:20260818082349j:image

それでも僕は、わざわざ自分の足を運んで、1時間以上かけて丁寧に取材をする。

 

でも、そうすることでAIには書くことができない温かみのあるストーリーやエピソードが書けると信じています。

 

そして「おしごとジャーニー」の取材には、必ず地元のプロカメラマンを同行してもらっています。

 

今はスマホも高性能だから、写メで撮ることでそれなりの写真に仕上がってしまう。でも、プロのカメラマンさんにお願いをすることで、1枚の写真から訴えかけるエネルギーや、その人の熱量が伝わる。

 

 

 

AIでどこまででも手が抜けてしまう時代だからこそ、見えないところに手を抜かない。

 

僕が今まで取材してきた企業さんは、そんな見えないところに手を抜かず、あえて非効率な部分に時間をかけることで、作品や商品、そしてサービスの質を高めようとする事業者さんばかりでした。

地元企業さんがそうした目に見えないこだわりに力を入れているのに、取材する僕が AI やスマホで手を抜いて楽をしていいわけがない。

 

なので、僕はこの AI の時代に、一つ一つあえて手間をかけて取材をしています。

 

 

 

“単なる求人サイト”ではない。キャリア支援サイトという新しい枠組み。

 

おしごとジャーニーは、単なる人と企業をマッチングする求人サイトではありません。

 

「自分には何が合っているんだろう?」

「地元にはどんな仕事があるんだろう?」

 

そう悩んでいる求職者さんの心に寄り添い、自分に合った働き方や、働くことの本質。ホームページでは伝わらないやりがいや想いを伝える。そして、求職者さんが「この会社で働いてみたい」と心から思えるような、その人が自分らしく働けるようにサポートする“キャリア支援サイト”という新しい枠組みで立ち上げます。

 

 

条件で選んだ会社は、もっと良い条件の会社があれば移ってしまう。

でも想いに共感して、心底惚れて入った会社はそう簡単に辞めません。

 

 

僕はそんな会社を発掘したい。

「地元には良い会社が無いから…」と都会に行ってしまう若者に、伝えてやりたい。

 

あなたの地元は、こんな素敵な会社で溢れている。と

 

 

 

 

 

f:id:leftkanabun0314:20260818084449j:image

おしごとジャーニーとは?

おしごとジャーニーは、新城市を中心とした地域の企業を取材し、ホームページや求人票だけでは伝わらない「人」「仕事」「会社の想い」を届けるキャリア支援サイトです。

求人情報を掲載するだけではなく、企業で働く人のストーリーや仕事への想いを伝えることで、「自分に合った仕事」「この会社で働いてみたい」と思える出会いをつくることを目指して今年中の開設を予定しています。是非お楽しみに!