「日本の教育を変える」今井真央のブログ

「日本の教育を変える」今井真央のブログ

大地の学校ロータス 森のようちえんサマーブルー 森のようちえん おかざきプレーパークなどの活動日記。30歳2児のパパ。大手製薬企業を脱サラし、日本を変えるために日々突っ走っているヤバい父親のお話

伝説のはじまり

はじめまして左のカナブンと申します。

まずは自己紹介をさせて下さい。

 

東京生まれ東京育ち、都会嫌い。

東京でも田舎の方である国立市に生まれ現在28歳。大手製薬メーカーのMR(ドクターに薬を売る営業)をしている。妻1人男の子2人で仕事の都合で名古屋で暮らしている

 

中学の時は男子校で少しばかり荒れており万引きや授業妨害などの小さな悪い事をするのが生き甲斐なクズ野郎だった。エスカレーター式の高校なのにほとんどの先生から「成績も悪いし、何よりほかの生徒の悪影響になるから中退させるべき」と判断され、俺も俺で「やれるもんならやってみろゃあ!!」と粋がっていた。

しかしある先生が、「あいつはエネルギーが有り余ってるだけ、ちゃんと発散する場所を作ってあげれば絶対にいい生徒になる」と中退派の全ての先生に頭を下げてくれた。

 

当時は鬼のように恐かった俺らの学年主任だった。

 

この先生、今ではしていないが極真空手の名手なのに暴力は日常茶飯事。俺が万引きした商品をほかの生徒に転売しているのがバレたときはマジで死ぬかと思うくらいボコボコにされた。

そんな先生が俺のために頭を下げてくれた。

 

俺はその日から必死になって勉強した。問題児だった頃は6科目があるとしたら5個は赤点で学年で下から2番目の成績だったがなんとか進級できるレベルにまで成長した。授業妨害して一番困らせてた数学の先生は俺が急に勉強しだしたのを見て、朝の6時からつきっきりで勉強を教えてくれた。

そんな先生達のアツい支援のおかげで無事高校に進学することができた。そして人生を変えたスポーツ「アメリカンフットボール」に出会う。

 

身長173cm当時体重は65kg。

そのくせ粋がっているのである日カツアゲにあった。学校の中では威張ってるくせにいざ知らない人間から脅されると恐くて何もできなかった自分がいた。

このままじゃあかん!

俺は強くなるためにアメフト部に入部することに決めた。その日から胃がはち切れるまで飯を食べ、夏休み毎日家で筋トレをし75kgまで体重を増やした。

 

しかし意気揚々と入部したはいいものの現実はそんなに甘くなかった。

 

足は部内で一番遅く、体力もない。身体が小さいので先輩方にピンボールのように跳ね飛ばされる。おまけにアメフトは作戦を覚えないと話にならないのに頭が悪かったから全然覚えられない。毎日怒られて心身共にズタボロだった。

 

俺は思った。

 

「ここで今逃げ出したら俺は本当のクズになる」

 

その日から俺の猛特訓が始まる…